知覚の使用とは何か

どんな生物も、環境によって与えられる終わりのない一連の問題を解決しなければならない。問題の複雑さとそれに関連した解決の方法は、生物の性質と複雑さに依存している。たとえば、もしあなたが植物であるならば、処理しなければならない課題は比較的簡単である。

植えられた土壌の構造に基づいて根がどこに向かうべきか、がわからなければならない。その過程では、土壌の組織と水分や栄養分の分布状態を判断している。加えて、太陽がどこにあるのかに基づいて、向かうべき方向を決定しなければいけない。

しかし、人間はかなりもっと複雑である。近くに関する人間と植物の間の最も重要な違いは以下の通りである。第一に、人間は移動可能である。大多数の人はそれぞれの過程で取り得る可能な道やそれぞれの道に置かれている障害物を判断しながら、環境の中を進まなければならない。

第二に、人間は対象物を操作する。私たちは車のハンドルを回し、ペンで文字を書き、ボールをゴールに向かって蹴る。第三に、人間は、話しことば、あるいは象形文字のような象徴(symbols)に基づいて決定する。第四に、人間は突然の予期されない出来事を処理するために複雑な計画を立て実行する。

入力された感覚情報の処理と使用

私たちはこれをどのように行っているのか。一つの可能性は、環境からの情報、すなわち視覚の場合には、網膜上の環境の二次元表象が通常生活を送るために必要なことは、すべて行っている。ということである。アメリカのギブソン(J.J.Gibson)はまさにそれを明確にした生態学的光学地(theory of ecological optics)を提案した。

ギブソンによれば、この世界のものすごく豊かな光学的情報(距離によるきめの変化、人が対象物のそばを歩くとき対象物のイメージがお互いに変化することなど)は、私たちを取り巻く世界すべての視覚にかかわる問題を十分に解決できるほどである。

ギブソンの理論は独創的かつ洗礼され、有用であるにもかかわらず、ほとんどの知覚化学者に不十分なものとして拒絶されてきた。代わりに、人間は絶えず更新されるイメージ、あるいは環境モデル(model of the environment)を必要としている。と主張した。

そして、それは人間が知覚し、意思を決定し、そして行動するモデルに基づくのである。そのようなモデルを構成し、維持するためには、2つの構成要素が必要である。一つは環境についての生の情報を獲得する何らかの手段である。

「感覚過程」の章では、これを成し遂げるために、私たちの感覚器官がどのように使われているか、である。しかし、家を建てるためには多量の木材を得れば十分であるが、モデルを組み立てるためには、生の情報を得るだけでは不十分である。その上、私たちはこの生の情報のすべてを、ある種整合的な構造に組織化する手段を必要としている。

そのような組織化は単純ではない。最も基本的には、世界の知覚は多対一の問題と呼ばれるものを解決することと関係している。視覚を例にあげれば、この問題は、環境における多くの対象物の形状がすべて網膜上に同じ表象を引き起こすという、つまるところ数学的必然性の問題になる。

例をあげると、ある距離にある木を見ているとしよう。100メートル離れた距離から見える2メートルの木は、200メートル離れた距離から見える4メートルの木と同じ大きさの網膜像である(他の高さと距離の無限の組み合わせも同様である)。多対一の問題は、一つの網膜像に基づいて、大きさと距離についての無限の可能な形状の中の、どれがその網膜像であるかを決定することを含んでいる。

視覚系は他の情報を使ってこの問題を解決しなければならない。それは、脳にすでに貯蔵されている情報(たとえば、これらの木はクリスマスツリーで、クリスマスツリーは一般に4メートルというより2メートルである)と付加的な視覚的手がかり(たとえば、木の隣に立っている人はその木とほぼ同じ高さである)の両方である。

さらに一般的に言えば、間隔データから、そのデータを引き起こした環境の状態まで遡って推論することは、世界がどのように組み立てられているか、についての仮説(トリは、ふつうウマよりも高い位置で見つけられ、レンジはふつう冷蔵庫の知覚で見つけられ、場面は普通一種類の光源によって照らされている、など)を必要とする。

このように、知覚は入ってくる感覚情報をその世界のモデルに統合するために、そのような仮説を使っている。通常、この過程はかなり効果的に機能する。たとえば、その環境の黒いテントは私たちの心に黒いテントのモデル(知覚)を生み出す。ときどき、それはそれほどうまく機能しない。するとその環境における黒いテントは私たちの心にクマの知覚を生み出し、その結果それを撃ってしまう。

一般的に言えば、各感覚様相(見ること、聞くことなど)は、環境から生の情報を獲得することに関係する感覚器官と、この情報を組織化された知覚表象に変化するための脳の中枢神経系の両方を働かせている。

知覚の5つの機能

知覚は、いかなる分類もやや恣意的になるほどかなり複雑である。しかし、体系化する目的のために、知覚の問題を五つに分類することが有益である。第一に、注意の過程を通って、どの入力情報がさらに処理されるべきか、どれが捨てられるべきかについての決定がなされなければならない。

第二に、知覚機構は、関心のある対象物がどこにあるのかを決定できなければならない(危険物かもしれないものは手の届く距離にあるのか、左側にあるのか、まっすぐ数百メートル先にあるのか、あるいはどこにあるのか)。第三に、知覚機構は、どの対象物がそこにないかを決定できなければならない(私が見ているものは、テントなのかクマなのか)。

第四に、知覚機構は組織化された対象物の重大な特徴を抽象化できなければならない(ひだやでっぱりがある長椅子は、たとえその形が完全に長方形でなくても、「長方形」として知覚され、記述されるだろう)。この抽象化の能力は知覚の問題の第五のカテゴリーに密接に関係している。すなわち、それは知覚の恒常性(perceptual constancy)である。

知覚機構は対象物のある固有の特徴を保持しなければならない(たとえば、ドアが網膜上では台形を形づくっているような角度のときでさえ、ドアの固有の形は長方形であるというように)。

つまりは、知覚の研究は、生物が入力された生の感覚情報をどのように処理し、組織化するか、という問題を扱う。その目的は①生物がすんでいる世界の整合的な表象やモデルを構成すること、そして②操縦する、つかむ、計画する、というような自然に生じる問題を解決するためにその表象を用いることである。

また、知覚機構の五つの主要な機能は、これらの、①注意(感覚が環境のどの部分に注意を向けているかを決定すること)、②定位(対象物がどこにあるのかを決定すること)、③再認(対象物が何であるかを決定すること)、④抽象化(対象物から情報を抽象化すること)、そして⑤恒常性(たとえ網膜像が変化しても、対象物の様子を一定に保つこと)。研究のもう一つの領域は、知覚能力がどのように発達するのか、ということである。

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