人間には一般に次の感覚があるとされる。(a)視覚、(b)聴覚、(c)嗅覚、(d)味覚、(e)触覚、(f)体性感覚(たとえば胴体に対する頭の位置の感覚を担う)である。体性感覚は必ずしも強度と質の意識的感覚を生じないので、この章ではこれ以上触れない。
視覚と聴覚と嗅覚だけは、離れたところにある情報を得ることができる。この中では視覚が人間において最も精密に調整されている。この章「視覚に関する章では、はじめに、視覚が認識できる刺激エネルギーの性質を考察し、次に、受容器が変換過程を遂行する仕方についてで、その後、視覚様相が強度と質についての情報を処理する仕方を考察する。
光と視覚
それぞれ感覚は、一定の形式の物理エネルギーに反応する。視覚にとっての物理刺激は光である。光は、電磁エネルギーの一形態である。すなわち、太陽と宇宙の残りの部分から放射され、絶えず私たちの惑星を浸しているエネルギーの一形態である。電磁エネルギーは、波状に伝わるのもとして概念化するのが最も良い。
その波長は(波の頂上間の距離)は、最も短い宇宙線(1センチメートルの4兆分の1)から、最も長い電波(数キロメートル)まで、変化する。私たちの目は、この連続体のわずかな部分、すなわち、おおよそ400ナノメートルから700ナノメートルの波長だけしか認識できない。
なお、1ナノメートルは、1メートルの10億分の1である。可視電磁エネルギーすなわち光は、電磁エネルギーの非常に小さい部分だけしか占めていないことになる。
視覚系
人間の視覚系は、目と、脳のいくつかの部分と、それらをつなぐ伝導路からなる。とくに(まっすぐ前を見ていると仮定して)視覚世界の右半分は最初は脳の左側によって処理され、左半分は右側によって処理されることに注意してほしい。
視覚の第一段階は、もちろん、目であり、目には二つの機構が含まれる。一つは、像を形成するためのものであり、もう一つは、像を電気インパルスに変換するためのものである。これらの機構の非常に重要な部分が下の図に示されている。
目は、しばしばカメラと比べられる。このたい肥は、視覚系の多くの側面について誤解を招きやすいが、像形成機構については適切である。像形成機構の機能は、眼球の奥にある薄い組織の層である網膜(retina)の上に物体の像を形成するため、物体から反射された光を集めることである。
像形成機構自体は、角膜と瞳孔と水晶体からなる。角膜は、目の最前部にある透明な表面である。光はここから入り、これによって光線が内側に向けて曲げられて像の形成を始める。水晶体は、光を網膜上の焦点に集める過程を完結させる。
さまざまな距離にある物体に焦点を合わせるために、水晶体は形を変える。近くの物体に対してはより丸くなり、遠くの物体に対しては平べったくなる。目によっては、近くの物体にはうまく焦点を合わせることができるが、遠くの物体に焦点を合わせるのに十分なほど水晶体が平たくならない。
この型の目を持つ人々は近視(近眼)と言われる。別の目では、遠くの物体にうまく焦点を合わせることができるが、近くの物体に焦点を合わせるのに十分なほどには水晶体が丸くならない。この型の目を持つ人々は、遠視と言われる。そのほかの点では健常な人々も歳をとるにつれて(40代に入ると)、水晶体は、形を変えたり焦点を合わせる能力をほとんど維持できなくなる。
このような視力の欠陥は、もちろん、一般には、メガネやコンタクトレンズで矯正できる。
瞳孔、すなわち像形成機構の三番目の構成要素は、存在する光の量に反応して直系が変形する円形の開口部であり、角膜と水晶体の間にある。瞳孔は、薄い光の中で最大となり、まぶしい光の中で最小となる。そうすることで、光の量が異なっても、像の質を維持するのに十分な光が確実に水晶体を通過するように助ける。
これらの構成要素すべてによって、網膜上に像が結ばれる。網膜では、変換機構が後を継ぐ。変換機構は、網膜上に散らばるいろいろな形状の神経受容器から始まる。その様子は、デジタルカメラの画像に光検出器散らばっている様子にいくらか類似している。
受容器細胞には、桿体(かんたい)と錐体(rods and cones)の二つの種類がある。二種類の受容器は異なる目的のために特殊化している。桿体は、夜間見るために特殊化していて、低い強度で作動し、色のない低解像度の感覚を生ずる。錐体は、昼間見るために特殊化していて、高い強度に反応し、色のついた高解像度の感覚を生ずる。
網膜にはまた、支持細胞や血管とともに、ほかのニューロンのネットワークも含まれる。
物体の細部を見たいときに、私たちは決まって、その物体が中心窩(ちゅうしんか:(fovea))と呼ばれる、網膜中心部の小さな領域に投影されつように、目を動かす。こういうことをする理由は、網膜上の受容器の分布に関係があり、中心窩には受容器がたくさんあり、びっしりと詰まっているが、中心窩の外側の網膜周辺部では、受容器が少なくなる。
受容器がびっしりと詰まった状態は、解析度がより高いことを意味し、類推でいえば、画面当たりの画素数を多く設定したディスプレイ(たとえば、1600×1200に設定された)は、画面あたりの画素数を少なく設定した(たとえば640×480)より解析度が高い。
したがって、高密度の中心窩は、中心窩の最高解像度領域である。すなわち、細部を見るのに最適な部分である。像が中心窩からはずれていくにつれて、細部に知覚がどのように変化するのか実感を得るため下図の真ん中の文字Aに目を向けたままにしてほしい。
周りにある文字の大きさは、すべて、可視性がおおよそ等しくなるように調節されている。等可視性を達成するためには、外側の円上の文字が真ん中の文字よりも10倍大きくなければいけない。
物体から反射された光が受容器細胞と接触したとして、受容器はどのようにしてその光を電気インパルスに変換するのであろうか。桿体と錐体は、光色素と呼ばれる化学物質で、光を吸収する化学物質を含んでいる。光色素による光の吸収はは、最終的に神経インパルスを生じる過程を開始させる。
ひとたび、この変換(transduction)の高低が完了すると、電気インパルスは、連結するニューロンを通って必ず脳まで進む。桿体と錐体の反応は、はじめ双極細胞に伝えられ、そこから神経節細胞と呼ばれるほかのニューロンへと伝えられる。
神経節細胞の長い軸索は、目から伸びて、脳までの視神経を形成している。視神経が目を出て行く場所には受容器がない。それゆえ、私たちには、この領域の刺激が見えない(下図)脳が自動的に穴埋めするので、私たちは、盲点として知られる視野のこの穴には気づかない(Ramachandran&Gregory,1991)。
【盲点】
まずは、下図、右上角にある十字を約30センチ位離れた位置から右目を閉じて凝視する。すると上下に動いている途中で左にある青い円が消えるとき、その円は盲点に投影されている。
次に、右目を閉じたままで、右下角の十字を凝視する。白い空白部分が盲点に入るとき、青い線は途切れずにつながっているように見える。
この現象は私たちが、通常、盲点に気づかない理由を理解する助けとなる。実際に、視覚系は私たちが認識できない視野の部分を穴埋めする。それゆえ、その部分は、周囲の視野の一部であるように見えてしまう。
コメント