構成的記憶(constructive memory)

有名なスイスの発達心理学者、ジャン・ピアジェ(Jean Piaret)は、かつて自らの幼児期における鮮明な記憶を記述した。その記憶は鮮明でかつ具体的であった。しかしこの鮮明でかつ具体的な記憶は後に単に誤りではなくでっちあげられ捏造されている記憶であることに自ら気づいた。

そうした記憶はどのようにして生まれるのであろうか。その主な理由は、つぎにようなことである。

構成的過程・再構成的過程

そうした記憶は、構成的過程(constructive processes)の組み合わせから生じ、そして、それは記憶されるべき出来事を最初に符号化する時点で起きる構成的過程と、その思い出される記憶がすでに形成された後に起こる再構成的過程(reconstructive processes)に分けることができる。

まずは記憶の符号化時の構成的過程であるが、記憶の符号化とは、ある出来事についての長期記憶表象が確立されているまさにそのときに起きる過程を示している。長期記憶表象を確立するという観点から、符号化は二つの段階からなる。

すなわち最初の知覚(情報を短期記憶に移す)と、その後の短期記憶から長期記憶へ情報を移す際に必要とされる過程の二つである。誤った記憶の構成はこの二つの段階のいずれか、またはその両方で生じる。

構成的知覚

多くの場合、知覚は生の客観的情報の「ボトムアップ」処理によって決定されるだけではなく、歴史や知識や予期といった「トップダウン」の影響によっても決定される。

知覚されるものが最初の記憶の基礎を形成する。それゆえ、もし最初に知覚されるものが客観的世界と組織的に異なっていれば、出来事に関する知覚者の最初の記憶(そしておそらくは後の記憶も同様に)は、同様に歪められてしまうだろう。

また、構成的知覚が科学的な実験でどのように例証されるのかについては、1つのよい例がある。それは知覚的干渉(perceptual interference)として知られているある現象において見られる。

その知覚的干渉は、ジェローム・ブルーナー(Jerome Bruner)とマリー・ポッター(Mary Potter)の1964年のサイエンスに掲載された論文で、最初に述べられた。

彼らは参加者にありきたりのモノ、たとえば、ロケットの絵を見せ、そして、その名前を言わせた。仕掛けは、最初、それらは認識できないほどぼやけた状態で提示され、その後、次第に焦点が合うようになる。

この実験には二つの条件があった。たいへんぼやけている極度末焦点条件(VOF)においては、非常にずれてモノが提示される。そして適度末焦点条件(MOF)においては、モノが適度な焦点のずれからから始まる。

知覚的干渉の結果、MOF条件よりもVOF条件において、参加者がモノを認識するのにより明確な焦点合わせを最終的には必要としたということであった。

これはなぜだろうか。ブルーナーとポッターによって提示された仮説は、焦点がずれたどんなものを見るときにも、参加者はそのもモノが何であるかについて仮説を立てるということであった(たとえば、参加者は最初、焦点のずれたロケットを鉛筆であるよ仮定する)。

ひとたび仮説が生み出されると、その仮説それ自体が参加者の知覚を大きく制御した。次第にそのモノに焦点が合うようになっても、誤った予測をしていない参加者なら正確に知覚するであろう焦点水準を過ぎても、その参加者は、その誤った知覚を保持し続けるであろう。

VOF条件の参加者は、MOF条件の参加者よりも誤った仮説を形成する機会を多く持つために、MOF条件の参加者よりもVOF条件の参加者に対して、最終的に正確な認知をもたらすためには、より明瞭な焦点を必要とするであろう。

推論の産出

知覚はある出来事についての永続する記憶を形成するのに十分ではない。短期記憶から長期記憶へ出来事を移転させるために、それ以外の過程が起こっているに違いない。構成過程は、ここで推論(inferences)の形態で生起し得るのである。

私たちは一つの文を読んだとき、しばしばその文から推論を引き出し、その推論を文と一緒に貯蔵する。この傾向はとくに文章を読むとき強くなる。なぜならば、異なる文を関連づけるために、しばしば推論が必要とされるからである。

ある実験において参加者に提示された、次の物語を考えてみよう。

1、プロボはフランスのきれいな王国である

2、コールマンはプロボの王位継承者であった

3、彼はたいへん待ちくたびれていた

4、彼はヒ素が役に立つと考えた

この物語を読んだとき、参加者はある箇所で推論を引き出した。三番目の文で、参加者はコールマンが王様になりたがっていたと推論する。そして、この推論によって参加者は三番目の文をそれにより前の文と関連付けることができるようになる。

しかし、これは必ずしも必要な推論ではない(コールマンは王様が接見してくれるのを待っていたかもしれない)。四番目の文で、参加者はコールマンが王様を毒殺しようと決心したと推論する。その結果、彼らはこの文を先行する文と関係づけることができるようになる。

再び、この推論は必ずしも必要なものではない(王様より他に毒殺したい人がいる。そして、他にヒ素の使用方法がある)。提示されたとおりの文を正確に再生する検査で、参加者の記憶が調べられたとき、彼らは物語の文を前述した推論から区別することが困難であった。

実際に提示されたことを、私たちがそれに加えたことから分離しておくのは難しいのである(Seifert,Robertson,&Bkack,1985)。

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