幼児期健忘

人間の記憶の最も顕著な特徴の一つが、誰もがある種の健忘を経験するということである。たとえ生後1年間の経験は、最も豊富であったとしても、この時期に起きた出来事をだれも実際に再生することはできない。この興味深い現象は最初にフロイト(Freud,1905)によって議論され、彼はこの現象を幼児期健忘と呼んだ。

フロイトは、彼の患者が一般に3歳から5歳以前の出来事を再生できないことに注目することによって、この現象を発見した。通常は出来事の記憶は時間とともに減衰し、大人であれば幼児期初期以来の多くの時間がその間に介在している。なのでこの現象について何も変わったことがないと考えるかもしれない。

しかし、幼児期健忘は通常の忘却では説明ができない。30歳に人のほとんどが、高校時代のことを豊富に再生できるが、3歳のころのことについて話ができる18歳に人は稀である。けれども時間間隔(約15年)はそれぞれの事例でほぼ同じである。

いくつかの研究において、参加者は幼児期の記憶を再生し、なおかつその時期を特定するように指示された。ほとんどの人にとって最初の記憶は3歳もしくはそれ以降の出来事についてであった。1歳以前の記憶を報告する人がわずかではあるが、いるかもしれない。

しかしながら、この報告の問題は「思い出した」出来事が実際に起きていたかを確証できないことである(人は起きたと思われることを再構成することがある)。この問題はある実験で克服された。

その実験は参加者は起きたことがわかっていて、その詳細が他の人によって確かめることができる幼児期の出来事(少年の兄弟の誕生)について、全部で20の質問をされた。

それぞれの参加者に向けられた質問は、母親が家を出て病院に向かったとき(たとえば、「何時ごろに母親は出ていきましたか」)、母親が入院しているとき(「あなたは母親を訪ねましたか」)、そして母親と赤ちゃんが家に帰ってきたとき(「母たちが、家に帰ってきたのは何時ごろでしたか」)に起きた出来事を取り上げていた。

参加者は大学生で、兄弟が生まれたときの年齢は1歳から17歳にわたっていた。

結果は下図の示す通りで、兄弟が生まれたときの参加者の年齢を関数として、答えることができた質問の数が図示されている。
幼児記憶の再生-1
この結果は、生後3年間はほとんど完全な健忘であることを示唆している。しかしながら、最近の研究は、多くの手がかりが与えられ、その手がかりの特殊性が高くなると、このような再生は改善されるかもしれないとの考えを提出している(Fivush&Hamond,1991)。

何が幼児期健忘を生じさせるのだろうか、一般に受け入れられている説明は、幼児期健忘は幼児が経験を符号化する方法と、大人が記憶を体制化する方法との間にある、大きな違いによるというものである。

大人は分類や枠組み(「彼女はこういう人である」「それはこういう場面である」)によって記憶を構造化している。

一方、幼児は経験を脚色したり、関係する出来事に結び付けたりしないで符号化する。いったん、子供が出来事間の関係を形成したり、その出来事を分類化し始めると、初期経験は消失する(Schachtel,1982)。

何が幼児期初期の記憶形態から大人の記憶形態への移行を生じさせるのだろうか、一つの要因は生物学的発達である。

記憶が固定するときに関係するとして知られている海馬は、ほぼ生後1年ないし2年までは未熟である。それゆえ、生後2年で起こる出来事は十分に固定されない。したがって後になって再生されない。

大人の記憶へ移行するもう一つの原因は、心理学的水準でよく理解される。これは認知的要因、とりわけ言語発達と学校教育の開始である。言語と、学校で強調される類の思考の両方が、経験を組織化するための新しい方法を提供する。

しかし、その新しい方法は幼児が経験を符号化する方法とは相容れない。おもしろいことに、言語発達は3歳でピークに達するが、学校教育はしばしば5歳で始まる。そして、この3歳から5歳の年齢範囲は幼児期健忘が終わると思われるときなのである。

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