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【記憶】記憶と学習の神経学的な基礎

一度経験したことが後になって思い出されるためには、その経験が脳の活動や構造の変化として保たれることが必要である。その実態にはいくつかの考え方がある。

1つの仮説は力動説で、経験によって生じた脳の生理的活動がそのまま持続しているという考えである。しかし、この説は、てんかんの発作が起きて個々の経験に対応する脳の活動が持続できなくなった状態でも過去の記憶が失われてはいないということ、動物を超低体温にして脳の活動を一時停止させた後でも記憶が残っていること、などの事実によって否定される。

もう1つの仮説は構造説で、経験によって生じた脳の活動自体は消失しても、やがて脳の構造的変化が残り、後になって経験したときの活動を再現しうるという考えである。

この説は、学習後脳に電気ショックを与えて発作を起こすと、学習からショックまでの時間が短いほど学習が成立しにくくなり、また学習から1時間以上後にショックを与えた場合は学習は阻害されないという動物実験によって、間接的に支持される。

また、人間の頭部外傷などで、外傷が生じた時点より過去にさかのぼって一定期間のみの記憶が失われる逆向性健忘の事実などにもよっても、間接的に支持されている。構造的変化が起こって記憶が固定される時間が必要であり、まだ十分に固定していない時期に脳に電気ショックが加わると固定が阻害される、と考えられるからである。

現在では、力動説が唱えるような生理過程の持続は短期記憶に対応し、長期記憶には構造説が唱えるような変化が対応すると見るのが通説になっている。

構造的変化

脳の活動は、多数のニューロン(神経細胞)が網の目のように絡み合った中を、個々のニューロンから他のニューロンへと神経興奮が次々と伝わっていく過程である。1つのニューロンの先端が次のニューロンと接続する箇所をシナプスという。
01ニューロンの図示
シナプス
シナプスにおける伝達は、電気的な過程ではなしに、科学的な科程となる。すなわち軸索(ニューロンの細長く伸びた突起部分)の先端には科学的な伝達物質が含まれており、興奮が軸索の中を電気的な変化として伝わってくると、この伝達物質が次のニューロンとの間隙に放出されて、それが次のニューロンの膜に達してそこを刺激し、興奮が生じる。

一般に、1つのシナプスで伝達物質が作用しても次のニューロンは興奮しない。ニューロン間の伝達には、伝達物質が繰り返し分泌されてその作用が加重するか(時間的加重)、1つのニューロンに形成されている多数のシナプスで同時に伝達物質が分泌されてその作用が加重するか(空間的加重)が必要とされる。

大脳皮質などでは、1つのニューロンには何千というシナプスが形成されているので、加重もその規模で起こることになる。

構造説では、記憶をニューロンとニューロンの接合箇所であるシナプスにおける変化と見るのが一般的になっている。すなわちシナプスに何らかの変化が生じて、シナプスを介した興奮の伝達の効率が良くなるものと考えられている。

個々の経験に対して、脳内では対応するニューロン群の活動が生じるが、その活動が持続しているあいだに、そこに含まれているシナプスは何回も興奮を伝えるので、伝達効率が上昇する。そのために、この一群のニューロンは再度まとまって活動しやすい状態になり、改めて実際の経験をしなくても、ある原因で再びまとまった活動が生じる。これが記憶の再生に相当する。

シナプスの変化の実態は、次第に明らかになりつつある。

機能局在説

記憶が脳のどこに形成されるのかは、早くから問題にされていた。これを精力的に研究したのはラシュレー(1920~1930年代)で、彼はラットをの大脳皮質の破壊が迷路学習に及ぼす効果を調べた。その結果、破壊される部位による効果の違いはなく、破壊の大きさに比例して学習成績が悪くなることを明らかにし、大脳皮質には部位による機能の違いはないと主張した。

この理論は皮質等価説(等脳説)、量作用説、大脳皮質等脳性などと呼ばれる。

しかし今日では、迷路学習には視覚の他、触覚、嗅覚などさまざまな手がかりが関与していることがわかり、ラシュレーの結果は、破壊部位が大きいほどこうした手がかりが減少したためとされている。したがって彼の実験結果は、大脳皮質の各部位が比較的に独立していて、各部位ごとの異なる機能をもっているとする機能局在の考え方を否定するものではない。

現在の脳研究は、脳には非常に精密な機能分化があることを明らかにしており、機能局在説が一般的となっている。

記憶の働きも同様に局在的であり、経験が視覚、嗅覚などのさまざまな感覚受容器で受容され、それぞれの感覚系ごとに処理された後に、大脳皮質のそれぞれの感覚連合野と称する部位に形成されると考えられる。

一方、感覚連合野どうしは密接な線維連合をもっているので、それを介して感覚間の連合も成立しており、さまざまな感覚入力をもつ1つの経験は、大脳皮質の広い領域に1つのまとまりとして残ることになる。

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