感覚系には、それぞれ解かなければならない根本的な問題が二つある。すなわち第一に、入ってくる物理情報、たとえば光を最初の神経表象に変換する方法、そして、第二に、物理情報のさまざまな特徴(たとえば、強度、色相)を、対応する神経表象に符号化する方法である。
この説では、感覚符号化の問題に取り組む。
最初の問題は、感覚器官の中にある、受容器と呼ばれる特殊化した細胞の機能によって議論される。たとえば、視覚のための受容器は、目の内側の薄い組織の層に位置する。視覚受容器のそれぞれには、光に反応する化学物質が含まれていて、次にこの化学物質が一連の段階の引き金となり、最後に神経インパルスが生じる。
聴覚のための受容器は、耳の奥深くに位置する細い有毛細胞である。空気中の振動が有毛細胞を曲げることで神経インパルスを生み出す。他の感覚様相にも似たような描写が当てはまる。
受容器は、特殊化した神経細胞あるいはニューロンである。受容器は、活性化されると、その電気信号を、連結しているニューロンへ伝える。電気信号は皮質の受容野に達するまで進むが、異なる感覚様相は異なる受容野へ信号を送る。電気信号は脳のどこかで、たとえば精神物理学的実験における反応の基礎をなすような意識的な感覚経験を生じる。
したがって、私たちが感覚を経験するときには、その経験は脳の中で起こっていることであって皮膚で起こっているのではない。これの一つの例証は、カナダの脳外科医ワイルダー・ペンフィールド(Wilder Penfield)に由来する。
目覚めている患者に対する脳手術の間、ペンフィールドは、一次体性感覚皮質と呼ばれる頭頂葉の一領域の表面をときどき電極で電気的に刺激した。すると患者は、身体の特定の場所にチクチクする感覚を感じる。と報告したのである(Penfield&Rasmussen,1950)。
ペンフィールドが、この皮質の細長い部分に沿って電極を動かすと、患者は、そのチクチクする感覚が身体に沿って動くのを感じた。通常の生活では、感覚の経験を媒介する脳内の電気インパルス自体は、皮膚に位置する感覚受容器の電気インパルスによって引き起こされる。
ペンフィールドは、どうやら、電気インパルスを受け取って感覚経験に変換する脳領域を刺激したようだ。同様に、苦味の経験は脳内で起こるのであって舌で起こるのではない。しかし、味覚経験をばいかいする脳のインパルス自体は、舌の上の味覚受容器の電気インパルスによって引き起こされる。このように、受容器は、意識的な知覚の非常にたくさんの側面が、受容器内の特定の神経事象によって引き起こされているため、外部の出来事を意識的な経験に関係づける上で重要な役割を果たしている。
強度と質の符号化
私たちの感覚系は、外界の物体や出来事についての情報を捉えるために進化した。鮮やかな赤い光の短いきらめきのような出来事について知るためには、どんな種類の情報が必要であろうか。強度(鮮やかな)、質(赤い)、持続時間(短い)、と位置と開始時間を知ることが有用であることは明らかである。
感覚系のそれぞれは、これらの色々な属性について何らかの情報を与える。ただし、これまでほとんどの研究は強度と質という属性に集中してきた。
鮮やかな赤い光を見るときには、ある強度水準の赤さという質を経験する。高い調子の弱い音を聞くときには、強くない水準のその音の高さという質を経験する。したがって、受容器と脳までの神経伝導路は、強度と質の両方を符号化しなければならない。
符号化過程を研究する研究者は、どのニューロンがどの刺激によって活性化されるのかを決定する方法を必要よする。普通の方法は、被験体(単一細胞記録の場合には、一般にネコやサルのような動物)がいろいろな入力あるいは刺激を提示されている間に、受容器の個々の細胞と脳までの神経伝達路の個々の細胞の電気活動を記録する方法である。このような方法によって、個々のニューロンが刺激喉の属性に反応するかを正確に決定できる。
典型的な単一細胞記録実験では、実験の前に動物は外科的処置を受け、細い電線が視覚皮質の選ばれた領域に挿入される。細い電線は、先端を除き絶縁された極小電極であり、接触しているニューロンの活動電位を記録するために使うことができる。
痛みは生じないしサルはごく普通に動き回ったり生活することができる。実験の間、サルは試験処置の中に置かれ、電極は記録装置と増幅装置に接触される。次に、サルは、コンピュータ制御されてモニターの上でいろいろな視覚刺激を見せられる。
研究者は、各刺激についてどのニューロンがその刺激に反応するかを、どの極小電極が接続した出力を生じるかを観察することによって決定できる。電気出力はきわめて小さいので、増幅してオシロスコープ上に表示しなければならない。オシロスコープは、電気信号を、変化する電圧のグラフに変換する。
ほとんどのニューロンは一連の神経インパルスを発し、神経インパルスは二番目のコンピュータ・スクリーンの上に、実験者が望む形式であれば、いかなる形式でも表すことができる。信号が無いときでさえ(ノイズのみの状況でさえ)たくさんの細胞がゆっくりとした速度で反応している。ニューロンの認識できる刺激が提示されるならば、細胞は、よりゆっくり反応する。これが、信号検出状況の最も根本的な神経相関現象である。
研究者は、単一細胞記録の助けを借りて、感覚系がどのように強度と質を符号化するのか、について多くのことを学んだ。刺激の強度を符号化する主要な方法は、単位時間あたりの神経インパルスの数、すなわち、神経インパルスの速度による。この点を感覚で例示することができる。
もしだれかが腕に軽く触れると、一連の電気インパルスが神経線維に発生する。圧力が増すと、インパルスは、大きさは同じままであるが、単位時間当たりの数が増大する。
同じことが、他の感覚様相にも当てはまる。一般に、刺激の強度が大きくなればなるほど知覚された刺激の大きさも大きくなる。
刺激の強度は、ほかにの方法によっても符号化することができる。一つの方法は、電気インパルスの時間的様相(temporal pattern)による符号化である。低い強度では、神経インパルス間が時間的に離れているし、インパルス間の時間の長さが変化しやすい。
しかし、高い強度ではインパルス間の時間が完全に一定である。もう一つの方法は、活性化されたニューロンの数による符号化である。刺激が強ければ強いほど、より多くのニューロンが活性化されるからである。
刺激の質の符号化はもっと複雑である。質の符号化の背後にある鍵となる着想は、1825年にヨハンネス・ミューラー(Johannes Muller)によって提案された。ミューラーは、異なる感覚様相は異なる感覚線維を伴う(ある神経は視覚経験を生み出すなとする)ので、光や音のような異なる感覚様相からの情報を脳が区別できると示唆した。
特殊神経エネルギーというミューラーの着想は、異なる受容器から始まる神経伝導路が、皮質の異なる領域で終点となることを実証するその後の研究から支持を受けた。いまでは一般に、関与する特定の神経伝導路に応じて脳が感覚様相の質の違いを符号化すると認められている。
しかし、一つの感覚内で区別される質についてはどうであろうか。私たちはどうやって赤と緑または甘いものと酸っぱいものを識別するのであろうか。やはり、符号化が、関与する特定の神経に基づいている可能性が高い。例を挙げれば、味にはそれぞれの種類に応じた独自の神経線維がある、という事実のおかげで私たちは甘味と酸味を区別するという証拠がある。
たとえば、甘い線維は主として甘味に反応し、酸っぱい線維は主として酸味に反応する。塩っぽい線維と苦い線維についても同様である。
特殊性だけが、唯一のもっともらしい符号化原理だ言うわけではない。感覚系はまた、感覚の質を符号化するために神経発火の様式も用いるかもしれない。一定の神経線維は、甘味に最も大きく反応するが、ほかの味にも、程度の違いはあれ、同様に反応するかもしれない。
一つの線維が、甘味に最もよく反応し、苦味にあまり反応せず、塩見にはさらに一層反応しないということがあるかもしれない。こうして、甘い味のする刺激が、たくさんの線維に活動を生じさせ、ある繊維は、ほかの線維よりももっと発火し、そして、神経活動のこの一定の様式が、甘味に対する感覚系の符号となるであろう。
特殊性と様式化の両方が、刺激の質の符号化に用いられる。
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