遺伝と環境による影響と発達段階

17世紀当時「赤ん坊は小さな大人であり、十分な能力を持ってこの世界に誕生した存在で、単にこれらの先天的な特徴が、成長の過程で現れていく」と広く認められていた。

しかし、哲学者ジョン・ロックはこの説に対し否定的で、新生児の心は「タブラ・ラサ(ラテン語で「白板」の意味)である、つまりあらゆる知識は感覚を通して習得され、経験によって初めてもたらされるものであり、知識、考えも生まれながらにして祖備わっているものではないと述べた。

その後、1859年に人間の発達に関する生物学的基礎を強調するチャールズ・ダーウィンの「進化論」により、多くの研究者を再び「遺伝」を強調する見解に導くことになったが、20世紀、行動主義の台頭にともない環境主義的な立場が再び優勢になる。

ジョン・B・ワトソンやB・F・スキナーなどの行動主義者らは、人間の本質は完全に適応可能なものであり、早期からの訓練で、一人の子供をその遺伝的資質にかかわらずどんな大人にも育て上げることができると論じた。

これらのように、「遺伝(生まれ)と環境(育ち)のどちらが人間の発達の流れを決定づけるのに、重要な働きをするか」という問題は、何世紀にもわたって議論されてきている。

今日において、ほとんどの心理学者は遺伝と環境の両方が重要な役割を担い、また、これらが一貫して相互に作用し発達を導いていると言う考えにある。(どちらかを重視する、あるいはどちらかに偏る考えもある)

例えば、社会性や情緒的な不安といったような人格特製の発達は、遺伝、環境から、同程度の影響を受けるとされ、精神疾患(精神病)についても、遺伝的決定因子と環境的決定因子との両方をあわせ持つとされる。

人間であれば受精の瞬間に「人間」としての個人的特徴を遺伝的構造によって既に決定され、人間に発達するように細胞の成長が計画化される。(性別、目の色大きさ、肌の色、髪の色あるいは、体の大きさに至るまで)そして、遺伝的決定因子は、成熟(maturation)の過程で発達的に現れてくる。

この成熟の過程は、先天的に機mwられた成長と変化の連続であり、相対的に見て、環境的な出来事とは独立の関係にある。

例えば、胎児では、「蹴る」「体の向きを変える」などの行動もまた、成長の段階で規則的な連続に従っている。もし、子宮内の環境に何らかの影響で異常が生じたなら、成熟の過程は分断されてしまう。

およそ、胎児は母体が妊娠3か月までの時期に基礎的な身体組織の器官が遺伝的に計画化されるので、その期間内に母体が風疹に感染した場合、聴覚障害、視覚障害、あるいは大脳損傷の障害を持って生まれる可能性が高くなる。

これは、母体が感染した時期に胎児のどの器官が発達段階にあるかによる。また、環境的決定因子では、母体の栄養不足、喫煙、アルコールや薬物の摂取もまた、正常な胎児の成熟過程に影響を及ぼす要因にもなる。

出産後、幼児の運動面の発達についても遺伝的に計画化された成熟と環境的影響の相互作用が認められる。

本質的にはすべての子どもの発達過程は、同じ一連の運動を、同じ順序に従い通過する。(以下)

運動発達のグラフ

ただし、一連の運動を示す速さは個体差があり、最近の研究では訓練や外的刺激が運動の発達をある程度加速することを見出している。

また、言葉の発達に関しては、ある一定水準に達した後に可能となる。

いかなる乳児も一歳以前に文章を話すことはないが、周りの人たちが話しかけたり、乳児の言葉に似た発生を褒めるような環境で育てられた子供は、そうでなかった子供に比べ、言葉を話し始める時期が早い。

発達の段階

発達の連続を説明する場合に、心理学者の中には、明確に質的に異なる発達のステップ、発達の段階(stages of development)が存在すると主張する者もいる。私たちのほとんどは、この考えを日常的に使用し、生涯にわたる発達を、幼少期、児童期、青年期、成人期の段階に区分して考える。

親たちは自分たちの青年期がまさに「反抗的段階」であったと口にするかもしれない。しかしながら、発達心理学者は、より正確な概念で考える。すなわちこの段階の概念とは、ある段階の行動は、一つの顕著な主題あるいは統括的な特徴によって体制化されている。

ある段階で見られる行動は、それ以前の段階、あるいはそれ以降の段階で現れる行動とは異なっている。子供たちはすべて、同じ段階を同じ順序に従って通過する。環境的要因は発達を加速したり遅らせることがあるかもしれないが、その段階の順序は不変的である。

子どもは前の段階を飛び越えて、後続する段階に到達することができない。だが、必ずしもすべての心理学者が、発達は不変的な、一連の質的に異なる段階に従って進行する。という考えに賛同しているわけではない。

段階の考えに密接に関連するものとして、人間の発達には臨界期(critical periods)が存在するという考えがある。つまり、人間の一生には決定的な時期というものが存在し、その後正常な発達のためにはこの時期に、特定の事象、出来事が生じなければならないという考えである。

この臨界期は、胎児におけるいくつかの身体的な発達に関して確認されている。受精後6~7週目は、胎児の生殖器官が正常に発達するために決定的に重要な時期、とされている。

基となる生殖器官が男性あるいは女性の生殖器に発達するかどうかは、染色体XXあるいはXY配列には関係なく、男性ホルモンにかかわっている。

男性ホルモンの不足は、いずれの場合も女性生殖器が発達することになり、その後男性ホルモンを発達段階で投与したとしても、すでに生じてしまった構造的変化を元に戻すことはできない。

「心理学」発達において、このような臨界期が存在するかどうかはいまだ確定されていない。おそらく正確な表現をとれば、敏感期(sensitive periods)、つまりある特定の種類の発達にとって最適な時期がある。という言い方ができるかもしれない。

特定の行動がこの敏感期に確立されていなかったなら、その潜在能力を十分に発達させれないと仮定できる。たとえば、生後1年間は、親密な対人関係の愛着を形成するのに最適な時期とされている(Rutter,Quinton,&Hill,1990)。

また、就学前の数年間は、とくに知的発達ならびに言語習得に重要な時期であり(De Hart et al.,2000)、6~7歳以前に十分な言語刺激が与えられなかった子供は、その後言語習得に失敗するという知見がある。

このような敏感期における経験は、その後の発達の方向を形づくり、後になってそれを変更することは難しい。
 

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ