新生児の能力

19世紀末、心理学者ウィリアム・ジェームズ(William James)は、新生児はその世界を「がやがやした、きわめて無秩序で混乱した状態」として体験していると述べた。この考えは1990年後半まで広く浸透していた。

しかし今日、新生児はあらゆる機能し得る感覚組織を持ってこの世に誕生し、新しい環境について、十分に学習できる準備ができていることが明らかとなっている。

新生児は何をしているか語ってくれなくいし、また何を考えているかを口に出して表現することができないため、発達心理学者たちは、非常に巧妙ないくつかの手段を考え出さなくてはならなかった。

その基本となった方法は、何らかの変化を新生児の環境に生じさせ、その方法を観察するという方法であった。たとえば、音やまぶしい光を当て、心拍数に変化がみられるかどうか、あるいは頭を動かすかどうか、おしゃぶりへの吸いつきが活発になるかどうか、などで観察する。

また、二つの刺激を同時に提示して、一方の刺激を他方の刺激よりも長い時間注視するかどうかを見た。もし一方の刺激を長く見つめているなら、その乳児はそれら二つの刺激を弁別しているのであり、一方の刺激を他方の刺激よりも好んでいることを示唆していることになる。

新生児の視力

新生児の視力は悪く、まだ焦点を変える能力が未成熟なため制約があり、ひどい近視である。下の写真は乳児にとってどのように見えているかを示している。はっきりとしたものではなく、ぼんやりとしか見えず、大人と同等の視力に達するまで2歳位までかかる(Cole&Cole,2001)。
新生児の視力01

新生児の視力は未熟だが、多くの時間を積極的に見つめることに費やしいている。新生児は、世界をある体制化(一つのまとまりや塊)された方法で走査見ることに多くの時間を使い走査(対象の持つ情報を得たり再生すること)し、自らの目がある対象を捉えたとき、あるいは視野(visual field:見ることができる範囲全体)に変化が生じたとき、その動きを止める。

特に対象物の端などの視覚的違いがはっきりした面を注視する。大人が見えるように対象全体を走査するのではなく、ほとんど対象の端を含む側面を見続ける。また平坦な模様よりも複雑な模様を好み、直線的な模様より曲線的な模様に注視する傾向がある。

新生児には、先天的(生まれつき備わっていること)で学習されたものではない顔への好み(facial preference)があることを示す研究がいくつかある。新生児はごちゃ混ぜの顔(目、口、鼻などの位置がバラバラになっている)やのっぺらぼうの顔よりも普通の顔を見ることを好み、怖がった顔よりも幸せそうな顔を見ることを好みさえする(Farroni et al.,2007)。

顔の好み

新生児の脳は顔を定位し、顔からの情報を得るように準備されているかもしれない(Johnson&Morton,1991)。しかし、新生児は子供や大人とまったく同じように顔を知覚する備えをして生まれてくるわけではなく、顔に関する学習の大半は、生後数日から数か月かけて行われる。

たとえば、新生児はごちゃ混ぜの顔より普通の顔を好むが、普通の顔と目と目の距離が非常に広く、ウサギのように見えるように加工された顔を提示された場合は、どちらにも好みを示さない。一方、3ヵ月児は加工された顔よりも普通の顔を好む(Bhatt et al.,2005)。

さらに、新生児は自分の属する文化や人種の顔に対する好みを示さないが、3ヵ月頃までには自分の属する人種の顔を好むようになる(Kelly et al.,2005;Kelly rt al.,2007)。

つまり、新生児は顔の基本的特徴を知覚し、頻繁に見る顔については急速に学習するように備えて生まれてきているようである。

聴覚

在胎26週から28週の胎児でさえ大きな音に対して動いて反応する。新生児は、大きな音に驚き、顔をその音の発した方向に向ける。興味深いことに、顔を向ける反応は、生後6週目で焼失し、生後3か月あるいは4か月にいたりまで、再び現れることはない。

このころになると、乳児は目でその音源を探すようになる。4か月になると、暗い中でも正しく音源を定位することができるようになり、これにより乳児は物体と音の随伴関係を学習することができる(Keil,)。

乳児は人の言葉に含まれる音声を特別急速に学習するようであり、この学習は子宮内で始まっているようである。新生児は他人の声よりも母親の声を好むし、新しい物語よりも誕生前の数週間に母親が音読した物語のほうを好みさえする(DeCasper et al.,1994)。

子宮内にいるときに、乳児はおそらく母親の声の低周波音を知覚しているのだろう。また、乳児は母親の言葉の特徴に気づいているようである。母親がフランス語を話す新生児は、女性が話すフランス語とロシア語を区別することができるが、母親がフランス語もロシア語も話さない新生児はこれらを区別することはできない(Mehler et al.,1998)。

乳児が着目しているのは、個々の言語固有のリズムのようである。新生児は、ドイツ語と英語のように、自分が属する文化の言葉とその言葉に類似したリズムを持つ言語の区別はできないが、日本語とポーランドごのように異なったリズムをもつ言語の区別はできるようである(Ramus,2002)。

どの文化においても、大人はこどもや大人に話しかけるのとは異なり、幼い乳児に対して非常に高い音調で異なった文体で(例”Hellllloooo,little baby”などのように、”Hello”を高い音調で始め、だんだんと音調を下げ、”I”や”O”を延ばす)、また、文と文の間を長めにして、話しかける。

このような話し方は、赤ちゃん言葉や母親語と呼ばれ、乳児が好むものであるらしい。

生後1か月内の乳児は、たとえ見知らぬ人によって提示されたとしても、普通の音声よりも母親語を好み、母親語にとって乳児は単語間の境界を見つけることができる(Cooper et al.,1997;Fernald,1985;Thiesse et al.,2005)。

また、6か月の乳児は賛成か反対かを示す抑揚の音声を区別し、たとえ外国語によって話しかけられたとしても、反対を示す抑揚よりも賛成を示す抑揚により笑いかける(Fernald,1993)。

つまり、乳児は周囲の音声から重要な意味を抽出することができ、自分に頻繁に向けられる音声に特に関心がある。

味覚と嗅覚

①味覚
新生児は、生後まもなく苦い、酸っぱい、塩辛いなどの味を分別するようになる。また、無味あるいはそれに近い味よりも甘いもの、液体を好むようになり、その反応は柔和で微笑むような表情をし、酸っぱいものに対しては、唇を閉じ、鼻にしわを寄せるような反応で、苦いものに対しては口をへの字にし、舌を突き出すような、明らかな嫌悪表情を示しす。

3~5カ月からは、さまざまな食物の味を体験し記憶していくことで、さらに味覚が発達していき、また、味も好みも育っていくと考えられている。

②嗅覚
新生児はまた、においを弁別することができる。彼らは甘い香り」のする方向に頭を向ける。同時に心拍数や呼吸数が下がる。このことから甘い香りに注意を向けていることが明らかとなる。

逆にアンモニア臭や腐敗臭(腐った卵のような臭いなど)などの有害なにおいに対しては、頭をそむけるなどの反応みせ、心拍数や呼吸数が増え、苦痛であることを示す。

また、新生児の嗅覚は優れていると考えられる要因として、これらのようなはっきりとした香りに限らず、微かな臭いの弁別もすることができる。

わずか数日間授乳されただけで他人の母乳よりも、一貫して自分の母親の母乳をしみ込ませたパットの方へ頭を向ける(Russel1976)。また、母乳で育てられた新生児だけが、このような母親のにおいを再認するする能力を示す(Cernoch&Porter1985)。

ほ乳瓶で授乳された乳児に対し、いつもの人工乳と母乳の香りを選ばせると、後者の母乳のほうを選択する(Porter,Makin,Davis&Christensen,1992)。すなわち、先天的(生まれつき備わっていること)に母乳の香りを好む傾向があると考えられる。

一般に、このように臭いを快、不快や安全、危険と分別する能力は、明らかに適応的価値を持っていると言える。つまり、有害なものは避け生存の可能性を高めることに繋がるからである。

学習と記憶

かつて、乳児は学習することも記憶することも不可能であると考えられていた。しかし、これは真実ではなく、早期から学習ならびに記憶に関する知見が、いくつかの研究から得られている。わずか生後数時間の新生児でさえ、ブザーや鈍音に応じて頭を左や右に向けることを学習したとの研究がある。

その実験内容は、甘い液(報酬)による実験で、乳児はその液を飲むため、鈍音が鳴った時は右へ、ブザーが鳴った時は左へ向かなければいけない。その状況下で乳児は、わずか数回の試行でまちがえなくこの課題をこなした。さらに、甘い液を得られる条件を逆、つまり、鈍音が鳴ると左へ、ブザーがらったら右へ変えた場合でも、ただちに学習することができた(Siqueland&Lipsitt,1966)。

生後3ヶ月位になると、かなりよく記憶できるようになり、ロヴィー‐コリアーら(Rovee-Collier et al, 1980)による乳児の記憶実験では、寝台の天井にモビールをつるし、これと乳児の片方の手足とをリボンで結ぶと、生後3か月の乳児はすぐに、どの手足がモビールを動かし遊べるのかをすぐに発見した。またその8日後の時間を空けた場合でも、どの手足を動かせば遊べるのかを記憶していた。

乳児の記憶研究

もっと驚かされることは、新生児は生まれる前の子宮内にいたときから、すでに何らかのことを記憶していたという事実である。先に述べたように、新生児は人間の音声とほかの音とを区別することができ、またほかの音に比べて人間の音声を好む傾向がある。

生後数日の新生児に、録音された話ことばや音声を聞かせようとして、人工的に作られたおしゃぶりを吸うことを学習させた。その結果、話しことばでない音や楽器よりも、話しことばをさかんに聴こうとおしゃぶりを吸飲した(Butterfeld&Siperstein,1972)。

新生児はまた男性の声に比べて、心音や女性の声を好み、他人の母親の声よりも、自分の母親の声を好む傾向を示した。しかし、この偏りは、自分の父親の声と他人の父親の声とでは見られなかったとの報告がある(Brazelton,1978;DeCasper&Fifer,1980;DeCasper&Prescott,1984)。

これらの偏りのいくつかは、出生前の胎内における音に対する体験に、その源が求められるように思われる。たとえば、母親の声もまた、胎内で聞くことができる。このことがなぜ新生児は母親の声を他と比べて好む傾向を示すのかの理由を説明しているように思われる。

最も驚くべきことは生まれる以前胎児は、実際に子宮内で、個々の単語を持つ音声の特徴のいくつかを弁別することを学習しているとの知見である。それは、非常に巧妙に設定された実験であった。

妊娠している女性が、出産前の6週間にわたって毎日、児童向けの物語の一節を音読したという実験である。ある一群の女性は、ドクター・スースの物語「キャット・イン・ザ・ハット」の始めの28文節を音読した。また別の一群は、同じ物語の終わりの28文節を、主要な登場人物の名前を変えて(「防止の中のネコ」を「霧の中のイヌ」に変更)音読した。

出産までに、胎児は、それぞれ選択された物語の一つを合計約3時間半聞かされた。出産後2~3日たってから、新生児たちに特殊なおしゃぶりが与えられ、その吸飲の割合が記録された。おしゃぶりを吸うことで、新生児には、生まれる前に聞いた物語と、一度も聞いたことのない物語をそれぞれ母親の声と見知らぬ女性の声で朗読した音声テープが再生された。

その結果、先行研究と同様、吸飲様式から乳児は見知らぬ女性の声よりも自分の母親の声のを好むことが明らかとなった。しかし、さらに驚くべきことは、乳児は、未知の物語に比べ、既知の物語を好む傾向を示した。それは、たとえ、それら二つの物語が見知らぬ他人の声で読まれたものであっても、その傾向は変わらなかった(DeCasper&Spence,1986)。

つまり、これまで述べてきた乳児の能力についての研究は、新生児が何も書かれていない「白紙の状態」で生まれてくるという考え、また「無秩序で混乱した状態」で世界を体験する存在という考えに対して、異議を唱える知見を示している。

明らかに言えることは、新生児は現実を知覚しかつ学習できるような状態で誕生してくるという点である。

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