乳児が特定の人との密接な関係を求める傾向やそれらの人がいることにより安心する傾向は、愛着(attachment)と呼ばれている。当初、心理学者は、母親に対する愛着が発達するのでは、母親が乳児にとって最も基本的な欲求である食べ物を与えてくれる存在だからであると考えていた。
しかしその後この考えに当てはまらない事実がいくつか発見された。たとえばアヒルの子やヒヨコは生後人間に飼育されても、依然と母親の後に従い、母親のもとで多くの時間を過ごす。母親の依存から導き出される快適さは食物を提供するという役割からは生じない。
サルを対象にした一連のよく知られた実験では母子間に見られる愛着は、食物摂取の欲求以上のものが存在することを示している(Harlow&Harlow,1969)。
新生児のサルが、生後間もなく母ザルから引き離され、網目状のワイヤーで型どられ、頭部は木でできた二つの人工的な「母親」と一緒に置かれた。一方の母親の胴体は、むき出しのワイヤーのままであり、他方の母親は気泡ゴムと厚手の木綿布で覆われ、より抱き着きやすいように作られていた。
それぞれの母親の胸部には哺乳瓶が備え付けられ、そこからミルクが供給されるように作られた。
実験は、いずれの母親も食物の源であるが、赤ちゃんザルがどちらの母親に抱きつくかを明らかにすることをねらいとした。結果は明白なものであった。すなわち食物を与えることには何ら関係なく、赤ちゃんザルは大半の時間、厚手の木綿布で覆われた母親に抱きついて過ごした。
この純粋に受動的であるが柔らかい接触を持っている母親は安心できる源であったということになる。たとえば赤ちゃんザルにとって明らかに恐怖となる見慣れない状況に置かれた場合でも、赤ちゃんザルは布で覆われた母親に接触できればその恐怖は弱められた。
布製の母親を手か足の一方でしがみつきながらも、赤ちゃんザルはそれ以外の状況では怖くて近づくことさえ不可能な対象物にも進んで探索を試みた。
抱きつきやすい人工母親との接触は、母親としての役割の重要な側面を提供している。しかし満足な発達に至るには十分なものではない。生後6カ月の期間中、人工的な母親とともに育てられ、仲間のサルたちから孤立された赤ちゃんザルは、成人に達してもさまざまな奇妙な行動を示した。
彼らはほかのサルたちと通常の相互作用を示すことはほとんどなかった(恐怖でうずくまったり、あるいは通常では見られない攻撃的な行動を示した)。また彼らの性的反応も不適切なものであった。
初期の社会的接触を奪われた雄のサルは、さいわいにも雌の相手と配偶関係を結ぶことができたが(かなり努力を要した)、彼女らは母ザルとして有能ではなく、最初に生まれた赤ちゃんザル(その後生まれた赤ちゃんザルに対しては、それ以前に比べ良い母親になったが)を無視するか虐待する傾向を示した。
しかしながら、このサルたちはあらゆる社会的接触を許されていなかったことに注目してもらいたい。人工母親に育てられたサルたちでも、生後6カ月の間、ほかの仲間のサルたちと相互作用を許される場合は、成人として有能な行動をとることができた。
サルに関するこれらの知見を人間の発達に一般化することには注意する必要がある。しかし、私たち人間の主たる養育者に対する新生児の愛着が同じような機能を持っていることは明らかである。人間の幼児を対象にした愛着に関する研究のほとんどは、1950~1960年代にかけてなされた心理学者ジョン・ボウルビィー(John Bowlby)による研究に端を発している。
彼の理論では、生後間もないころ、一人あるいは複数の人々に対する安定した愛着を形成することに失敗した子どもは、その後、成人になって親密な対人関係を形成することに困難を示すと考えられている(Bowlby,1973)。
メアリー・エインズワース(Mary Ainsworth)は、ボウルビィーの共同研究者の一人であり、ウガンダやアメリカにおける子どもと母親の広範囲にわたる観察を行い、生後12~18カ月における子どもの愛着の安定性を評価する実験用の手続きを考案した(Ainsworth,Blehar,Waters&Wall,1978)。
この手続きはストレンジ・シチュエーション(strange situation)と呼ばれる。子どもは、母親が退室し再び戻ってくるときの一連の行動について観察窓から観察された。この手続きにおいて赤ちゃんは観察窓から観察され、以下に示すような観察項目が記録された。
ストレンジ・シチュエーション法の手順 | |
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1 | 母親と赤ちゃんが部屋に入る。母親は赤ちゃんをおもちゃが並べられた床に置き、部屋の反対側に離れて座る |
2 | 見知らぬ女性が部屋に入って来て、1分間静かに座る。そして1分間母親と会話する。その後女性は赤ちゃんとおもちゃ遊びを試みる |
3 | 母親は不意に部屋から出て行く。赤ちゃんが泣かないなら、見知らぬ女性は再び静かに座り直す。もし気が動転して泣いたなら、あやしてなだめるようにする |
4 | 母親が部屋に戻って来て赤ちゃんと遊ぶ。その間見知らぬ女性は退室する |
5 | 母親は再び退室する。この時点で赤ちゃんはひとりで部屋に取り残されることになる |
6 | 見知らぬ女性が再び部屋に戻ってくる。もし赤ちゃんが動転しているなら、あやしてなだめるようにする |
6 | 母親が再び部屋に入り、見知らぬ女性は退室する |
すなわち赤ちゃんの活動水準、遊びへのかかわり、泣くなどの苦痛の程度、母親への接近と母親への注意を得ようとする試み、見知らぬ女性への接近や相互作用への意思などであった。彼らのとった行動に基づき、赤ちゃんたちは以下の三つの主要な類型に分類される。
安定愛着型(securely attached)
母親の退室に動転するか否かにかかわらず(出来事3と5)、安定と分類される赤ちゃんは、母親が戻ってくると相互作用を求める。ある子はおもちゃで遊びながら、単に離れたところから母親が戻ってきたことがわかると満足した。ほかの子どもたちは身体的な接触を求めた。
セッション全体において、まったく母親から離れられず、母親が出て行こうとすると激しい苦痛を示した子どももいた。アメリカの赤ちゃんの大多数がこの類型に分類される。
不安定愛着型:回避型(insecurely attached:avoidant)
この類型に入る子どもたちは、再会場面において母親に対し相互作用することを明らかに回避する。母親をほとんどまったく無視する子もいる。また相互作用しようと試みるとそれを回避しようとする試みとの混合を示す子もいた。回避する赤ちゃんは、母親が部屋にいても注意を払うことはなく、母親が出て行こうとしても苦痛を感じているようには見えなかった。仮に、苦痛を示しても、母親と同様、見知らぬ女性によって容易になだめることができた。
不安定愛着型:両価型(insecurely attached:ambivalent)
再会場面において母親に対し抵抗を示した赤ちゃんは、両価型として分類される。この子どもたちは身体接触を求めることと抵抗とを同時に示した。たとえば、抱き上げようとすると泣き出し、おろそうとすると怒ってしがみつく。活動はとても受動的であり、母親が戻ってくると母親を求めて泣き出すが、母親のもとへ、ハイハイして近づこうとはしない。そのため母親が近づくと、抵抗を示す。
無秩序型(disorganized)
上記3つの類型のいずれにも当てはまらない赤ちゃんが見られたことから、最近の研究では、無秩序型(disorganized)と言われる4つ目の類型が新たに加えられた(Main&Solomon,1986)。
たとえば、世話をしている母親に近づくことはあるが、母親に目を向けようとしない。また、近づいたとしても、次に茫然と回避したり、静かにしていたかと思うと突然泣き出したりする。注意力に欠け、情緒面に欠陥が見られる抑うつ症状を示す子もいた。
虐待をされている赤ちゃんや精神疾患の治療を受けている親を持つ赤ちゃんはこの類型に入りやすい。
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