思春期の心理的影響:自我同一性と同一性地位

精神分析家エリック・エリクソン(Erik Erikson)は、青年期に直面する主要な課題は自我同一性(アイデンティティ)の感覚を発達させることであり、「私はだれか」「私はどこへ向かうのか」といった疑問に対する答えを見つけることであるとあると考えた。

エリクソンは自己を明確にするこの積極的な過程を意味するものとして、自我同一性の危機(identity crisis)という用語を使い、この課題そのものが、健全に心理社会的発達を経る中で、一つの統合的な部分をなしていると考えた。同様に、ほとんどの心理学者は、青年期や役割実験作業の時期であり、若者は種々の行動や興味、ならびに観念を探求すると考えている。

多くの信念、役割、行動様式が試みられ、修正され、あるいは捨てられて、自己についての統合的な概念が形づくられるのである。

青年は、これらの価値や評価を統合し一つの一貫した自己像を描こうとする。もし、親、教師、仲間たちが一貫した価値を投影してくれるなら、この自我同一性の探求は容易になる。単純な社会においては、大人のモデルは少なくまた社会的役割も限られているので、自我同一性を形成する課題は比較的容易であるといえる。

私たちのような複雑な社会においては、それは多くの青年にとって困難な課題となる。彼らはどのように行動するかあるいは人生をどう生きていけばよいのかに関して、ほとんど無限とも思える可能性に直面する。結果として、彼らの自我同一性がどのように発達していくのか、についての個人差は大きい。

さらに、どんな青年の自我同一性にも、生活のさまざまな領域において(たとえば、性的、職業的、観念における自我同一性)、発達段階の違いが存在するかもしれない。

理想的には、自我同一性の危機は20代の早期あるいは中期までに解決されるべきである。そうすれば個人は他の発達の課題に移行していくことができる。その過程がうまくいったのなら、その個人は自我同一性を達成したといえる。このことは通常、自分自身の性的自我同一性、職業選択、ならびに観念論的世界観の統括的感覚に達したことを意味する。

自我同一性の危機が解決されるまで、個人は一貫して自己の感覚を持つことも、あるいは人生の主要な領域で自己の価値を評価するための一連の内的基準を持つこともない。

エリクソンはこの不成功に終わった場合を自我同一性の混乱(identity confusion)と命名した。

青年期の自我同一性の発達に関するエリクソンの理論は、ほかの研究者たちによって検証、拡張されてきた(Steinberg&Morris,2001)。ジェームズ・マーシア(James Marcia,1966,1980)は時間無制限面接法に基づき、自我同一性形成において、四つの同一性地位(identity status;どういう状態にあるか)つまり、自我同一性階層や位置が存在するとの結論を導いた。

それは人が自我同一性の問題に気づいているかどうか、またその解決に到達したかどうかに基づきて区分される。

自我同一性の達成(identity achievement)

自我同一性の達成地位ににある若者は、すでに自我同一性の危機を脱しており、その間、積極的な問いかけをし、自己を明確にする時期を経験している。

彼らはイデオロギー(人間の行動を左右する根本的な物の考え方の体系。観念形態。、政治思想。社会思想)的立場にかかわり、独力で具体的行動をとり、一つの職業に就くことを決定している。自分自身の将来については、単に医学進学過程の科学を専攻しようというのではなく、将来は医者になると具体的に考え始めている。

彼らは、家族の宗教や政治的観念を再検討しており、結果的に自分自身の自我同一性に適合しないと思われる場合は、それらを破棄する。

早期完了(foreclosure)

早期完了地位の若者もまた職業やイデオロギー的立場にかかわっているが、これまでの自我同一性の危機を脱したような兆候は見られない。彼らは自分たちの家族の宗教を疑いもなく受け入れている。政治的な立場について尋ねると、彼らは今までそれについて十分に考えたことはない、と答えることが多い。

政治に対して熱心にかかわり、また協力的であるように見える者もいるが、柔軟性はなく、独善的で、画一的な者もいる。また自分たちの持つ吟味したことのない規則や価値を脅かすような、何らかの大きな出来事が生じた場合、彼らは自分を失い、どうしたらよいかわからなくなるような印象を受ける。

モラトリアム(moratourium)

モラトリアム地位の若者は、現在、自我同一性の危機にいる若者である。彼らは積極的に答えを探してはいるが、親たちが自分たちへ抱く願望と自分自身の持つ興味、関心との間の葛藤を解決していない。彼らは一時期、一連の政治的あるいは宗教的観念を強く表明することがあるかもしれないが、それはあらためて考えた後に捨て去られる程度の信念に過ぎない。

よく見れば、彼らは繊細かつ、倫理的で、柔軟的に心を開いているようであるが、悪く見れば、心配性であり、自己正当的で、優柔不断のように思える(Scarr,Weinberg,&Levine,1986)。

自我同一性の拡散(identityu diffusion)

これはエリクソンの自我同一性の混乱に替わって、マーシアが命名した用語である。この範疇には、過去に自我同一性の危機を経験した者もいるが、まだ経験していない者もいる。しかし、いずれの場合においても、いまだに自分自身についての統合的な感覚を持っていない。

法学部へ行きたい、とか商売をはじめたい、といった「興味」を表明することはあるかもしれないが、実際いずれかの方向へ足を踏み出すような、行動を開始しようとはしない。彼らは宗教や政治には何ら興味はないという。中には冷ややかな態度を示す者もいれば、ただ浅薄で混乱しているように見える者もいる。

もちろん、いまだに若すぎて、青年期の自我同一性の発達段階に達していない者もいる。

予想されるように、自我同一性の確立に達している若者の割合は、高校入学以前から大学の上級学年にかけて確実に増加し、反対に自我同一性拡散にとどまる学生の割合は、顕著に減少する傾向にある(Waterman,1985)。

今日の多くの研究は、エリクソンの自我同一性の発達段階という視点からではなくむしろ認知理論のしてんから自己概念の発達に焦点をあてている。青年期の若者が認知的に成熟するにつれ、彼らは自分自身についてより抽象的な特性を発達させる。

彼らは社会的な比較というよりも、むしろ個人的な信念や規範に照らして自分自身を捉え始める(Harter,1998)。若者の自己概念はさまざまな状況によって変化する。それは仲間といるときの彼らと、親たちといるときの彼らとは異なる(Harter,1998)。若者たちは、特に級友といるとき、あるいは、恋人といるとき、本来の自分とは異なる行動に出ることが多い。

青年の早期において、自尊感情は不安定なものであるが、青年後期になるにしたがってより安定したもとなる(Harter,1998)。アフリカ系アメリカ人の若者は白人の若者と比べて高い自尊感情を持つ傾向があり(Gray-Little&Hafdahl,2000)、また男性は女性よりも高い自尊感情を持つ(Kling)etal.,1998。

しかし、当然のことながら、性や民族的差異以上に、高い自尊感情は親からの承認、仲間からの支援、調整能力、学業での成功と強い相関がある。(DuBois et al.,1998)。

青年期ならびに成人初期にかけて、少数民族の多くは民族としての同一性の確立に悩み、この解決はさまざまな形で達成される(Phinney&Alipuria,1990;Sellers et al.,1998)。多数民族の文化の中に同化し自分自身の文化を捨て去る若者、また多数民族の文化を否定し、自分自身の文化にのみ生きる若者がいる。

さらに二分化共存といわれるように、多数文化との均衡を見つけようと試みる若者もい。

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